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~ トヨタ生産方式を正しく理解するところから始めるSCM ~
「100年に1度の大変革期を迎えた自動車産業」の大合唱の中、命名の妙と思えるCASEを濫用してさまざまな言説が飛び交っています。自動車業界以外からの発信は殆ど的外れなものですが、それらは自動車に関する基礎的理解のギャップに起因するものです。本稿では、主に自動車の生産・SCMおよび原価分野に的を絞って基礎的理解を促進することを試みていきます。
具体的には、付加価値生成過程および「構え」としての生産準備の位置づけ、需給・生産計画における「構えとコントロール」の構造的区別、タクトタイムとサイクルタイム、原単位等の独特かつ根源的な視点から、自動車各社の比較と他業種SCMとの比較を併せて行うことで、自動車生産・SCM·原価の考え方の源、通奏低音を明らかにしていくことにします。
考え方の基礎が理解できれば、皮相なCASE言説や大変革言説、IoT/DX論に惑わされることなく、100年に1度の今、どのような視点で、何にもとづいて、どのように解釈を加え、何に取り組むべきかが見えてくるはずですから、本稿ではその契機を作りたいと考えています。
SCMや管理会計に関する書籍は数多く出版されていますが、①SCMは非自動車産業の「在庫、リードタイム、納期回答」のSCM3本柱で書かれていて、タクトタイムという「生産速度」の観点から書かれたものは存在しない、②自動車業界出身者からの「生産改善」本はタクトタイムが暗黙了解だが当たり前すぎて省略されてしまっている、さらにそのため、他業種比較ができていない、③管理会計は制度会計視点寄りで財管一致や標準原価を暗黙前提に書かれていて、経営情報としての「正味実力原価における原単位の意味」に関する記述がない、④CASE本やIoT/DX本では自動車生産の発生論的構造理解が欠けているために、裏付けの乏しい変革後の世界が描かれてしまっている、こういう問題があります。
「大変革期」を捉え、考え抜くためには、非自動車ベースのSCM論では通用しませんし、自動車の内輪だけの発想でも、もちろん足りません。ビジネスモデルだけでなく、実際に作って運ぶことの複雑さを体験的に知った上で、理論的枠組みとして理解し、地に足のついた将来像を描く必要があります。自動車はモノそのものが高度な構造体で、世界中から部品を集め、世界中の顧客に10数年という時間軸で安全と利便を提供する複雑な「技・物・商流」商品であるがゆえに、単純化を排してあくまでも多面的複合的に、つまり、多要素が「ウラで」複雑につながっている対象物の見方をもって理解を進める指南として読んでいただければ幸いです。
第0章 生産・SCMとは何か?
- 自動車産業のSCMの俯瞰の仕方
- 本書籍の目的
- 本書籍の概要 (第1章から第N章までの概要)
第1章 自動車SCMの全体像
- 国内市販車両を例にサプライチェーンの全体像を把握する
- 構え・コントロール・実行のフレームで理解する
- 構えの本質は生産速度である、と知って驚く
- MRP型生産管理と自動車の生産管理の違いを整理する
- バリューチェーン認識を自動車のバリューチェーンを通じて批判する
第2章 生産準備とマスタデータの準備
- 自動車の生産準備の意味を知る
- 車両仕様と自動車の部品表を理解する
- BoP/BoEをラインと工法·工順·設備の全体像として把握する
- 生産速度の原単位をミクロで理解する
- 仕入先準備も生産準備であることを知る
- 物流と梱包の準備もまた生産準備であることを知る
第3章 需給計画と生産計画
- 需給と生産計画の全体像を理解する
- 需給は需給、オーダはオーダの二層構造として捉える
- 配分は能力調整の意味を持つことを知る
- 月度計画の意味と週次日次計画との違いを認識する
- 生産順序計画を平準化の意味で捉えかえす
- OEM各社の考え方の違いを比較する
- 車両仕様と生産計画の関係からSOPを考えてみる
第4章 自動車の生産
- 生産工程の全体像を把握する - 車両とユニット·部品生産ラインとは
- 工程別能力表、標準作業組合せ票および標準作業票を丹念に見る
- 部品の引取指示と部品納入のしくみを理解する
- 車両出荷の仕事を理解する
- KDの出荷 - グローバルで部品はどのように廻っているかを理解する
- 構内物流と工程流動の考え方を理解する
- 保全と安全について知る
- 補給品の生産と出荷、OEMの補給品と部品メーカの補給品を概観する
- 各OEMの違いを知る
第5章 販売
- ディーラーの業務とOEMの役割の関係を知る
- 新車販売とサービスのサイクルを概観する
- VINで紐づけた情報管理の可能性を考える
第6章 原価管理と原価企画
- 会計と原価、経理の視点と原価管理の視点を比較する
- プロフィットセンタとコストセンタの位置づけの意味を考える
- 自動車のラインにおける発生原価の実際を見る
- 部門別工程別総合原価計算とクルマの原価の実態を考える
- サイクルタイム統制と原価管理の関係という視点で考える
- 古典的な原価管理の問題点を考察する
- 月度予算(実行計画)による月中統制の効果を知る
- まとめ - 原価と原単位というキーワードで原価管理を捉え直す
- 原価企画の目的と意義および現在の論点を概観する
- 原価企画のフレームワークを理解する
- シリーズ年度別利益試算のケーススタディをしてみる
- 全部直接原価による原価企画のコンセプトを考察する
第7章 トヨタ生産方式をかたちづくる要素群
- トヨタ生産方式を様式論の視点で分解してみる
- トヨタ生産方式を対象化する
- モノの考え方が行動や指標に具体化されることの意味を考える
- 期待連続性に支えられることを理解する
- 自動車で肯定されていることと否定されていることを知る
- 各OEMの違いと違いの源泉を知る
- KPIが有効かどうかを考える(基準のKPIと目標のKPI)
- 改善に終わりがないことの意味を人と組織の成長の観点から捉え返す
第8章 ERP-MRPのSCMと自動車のSCMは何が違うのか
- 非自動車SCMの3本柱(在庫、LT、納期回答)を分析する
- 工程における負荷と能力の関係から分析する
- オーダ(指図)と生産計画はどのように違うのかを分析する
- 原価とは何かの認識の違いを分析する
- 品番と設計変更と工程変更におけるモノの認識の違いを分析する
- 固定化することと連続変化することへの価値のおき方から分析する
第9章 まとめ - 100年に1度
- 流行語と自動車産業の関係をもう一度眺めてみる
- シリアスとカジュアル、あるいは実用性、リアリティというものを再考する
- 自動車とそのモノづくりの社会的位置を再確認する
- 自動車SCMの通奏低音は、タクトタイムとサイクルタイムである
第10章 付録 - 欧州OEMビジネス
- OEMとサプライヤの関係を知る
- VDAの一端を知る
- ERP(SAP)に組み込まれていく欧州自動車生産の流儀を知る
- 本編 -
第0章 生産・SCMとは何か?
第0章 では、自動車生産について主にSCM (Supply Chain Management) の観点から解説していきます。
まず、自動車SCMを概観してみましょう。一般に、製品設計と生産の交点に生産準備がある図を用います。SCMというと量産開始後の生産管理や部品調達を思い浮かべがちですが、時間軸も領域も幅広く捉えています。また、サプライ(供給)連鎖なので、部品や原材料の調達と捉えられることもありますが、車両や補給部品を顧客に届けることもサプライなので、原材料調達から顧客に届くまでをSCMの範囲と考えます。最近、OTA(On The Air)という技術が普及し始めて、アップデートソフトウェアをサプライするということもあります。本書では取り扱いませんが、物流が伴わないSCMです。
交点に生産準備がある、と言いました。つまり、生産準備はSCMの一部です。一部どころか、実際にはSCMのフレームの大半をここで決めている重要な要素です。製品設計は機能や寸法を定義するとともに、作り方(どうやって成型するか、削るか、組付けるか、梱包するか)の想定も内包しています。この想定を現実化するのが生産準備です。生産準備で作り方を現実化すると、そのフレーム上で狭義のSCM、つまり、生産計画や部品所要量計算、製造指示、出荷指示が動きます。
製品設計以外でも、SCMを規定する要素があります。経営視点では、①どんな仕様のクルマを、②どこで(いくらで)作って、③どこで(いくらで)売って、④どのようにサービスを維持するか、が事業価値判断基準ですから、どこで作ってどこで売るか、そしてそのためにはどうやって運ぶかを、まず大枠で決めます。このことを、生産レイアウト設計と呼ぶこともあります。
大きな意味では、仕入先選定も含みます。場所(国・工場)を決めるだけでなく、内製か外製かを決めるのも生産レイアウトであり、外製となったら、どの仕入先かを選ぶのも、生産レイアウトの要素、と考えます (調達レイアウトとも言います)。
これらをまた、現実化するのも生産準備です。生産準備は、工程準備だけでなく、仕入先準備、物流準備、販売準備、補給準備を含みます。従って、経営判断に沿った生産レイアウト構想の先に、生産準備という生産レイアウト設計があり、さらにその現実化が工程(内製外製の生産ライン)であり物流(動線と梱包)です。
こう捉えるとSCMは、製品設計からのつくり方想定と、経営からの生産レイアウト想定とを生産準備で現実化し、そのフレームの上で、毎月毎週毎日毎時毎分毎秒、付加価値を漏れさせないように維持していく、計画と統制と評価(フィードバック)および実行の機能だということができます。
では、生産準備によって現実化された工程と物流に沿ったSCMを計画と実行の観点から見ていきます。このSCM通常サイクルの入り口は販売機能であり、出口は出荷(お届け)です。出口の先の顧客側から「欲しい、買いたい」と言っている情報があって、入り口の販売計画情報となります。
一般にも知られているとおり、自動車の販売はメーカが作って陳列しているものを消費者が直截買うものではありません。自動車は安全と環境と税務・金融・損害賠償·輸出入法令の規制の下にありますから、販売会社や販売店を通じて売買および登録事務がおこなわれます。このメーカ(営業と営業企画)と販社(メーカ系または地場独立系)と販売店の3層(または4~5層)構造を通じて販売情報が存在します。
販売情報というのは、販売実績(失注情報も含む)や顧客注文・見込み客情報もあれば、販売目標や在庫(仕込)計画、販売見通し、メーカへの生産要望、その回答も含まれます。これらを総称して「車両オーダ」といいます。車両オーダの意味を考えると、単純にオーダを受けて生産計画に繋げて、という流れではなくなります。ここに販売情報と販売計画と需給計画(需要供給計画、PSI(Production - Sales - Inventory)という言い方もあります)の3つの重なり合いが出てくるのです。これが輸出入車両となると、海外販売企画、海外営業、海外ディストリビュータ、現地販売会社、現地ディーラーと登場人物が増えて、車両オーダの層構造はさらに増えることになります。
既にしてかくも複雑ですが、これが生産準備が終わった後の日常SCMの入り口です。ここからすぐに車両生産計画立案へ行きたいところですが、その前に情報を整理しておく必要があります。ひとつは「車両」というものの定義です。もうひとつは生産ラインの供給能力制約です。
車両オーダと簡単に書きましたが、車両というのは、色々な括りや特定の仕方ができます。よく知られているのは、車名(通称名とかシリーズ名とも言われます)です。車名の下には、モデルコードとか型式(日本では国土交通省届出型式という制度があって認証を受けてないクルマは登録できません)とか仕向地コードのようにある程度の「仕様」を表す括りがあり、そのまた下に大量の仕様のバリエーションというものがあります。仕様というのは、上位概念ではエンジンの種類、駆動方式、ボディ形状、そして仕向地(輸出先国の法令・市場適合仕様、分かりやすいのは右/左ハンドル)が主なものです。詳細概念としては各種オプション(サンルーフや電動シートのような機能と革シートのような意匠)と色オプション(外鈑色と内装色)があります。このバリエーション群(組合せ群)をどう括って「車両」というかは、それぞれの仕事のプロセスによる必要性に依存しますし、時間軸上の時点を考えれば情報分解度は異なってきます(1年先の販売予測で全部のオプションと色を予測して当てるのが常識的に不可能であるように)。この定義の「幅」の上で「車両オーダの『クルマ』」は各仕事のプロセスと時点によって情報の質や粒度が使い分けられます。一番粗い年度計画から一番詳しい顧客実注文(厳密には生産計画に当てるOEM内部の車両オーダが一番詳しいですが、そのことは別章で説明します)までさまざまです。
実際に車名を挙げて言うと、営業企画部から生産管理部に対してスイフトを月2,000台という言い方は、年度計画における販売見通しのときは用いますが、月度の生産要望のときにはZC33S(Sportの型式)の6MT・セイフティセンシングあり・オートエアコンあり・・を50台となり、実際の顧客注文が入ったときは全部の仕様と色(黄)を指定して1台、となります。車両の認識粒度が違うのです。
次に、生産ラインの供給能力制約です。自動車のラインは厳密な設備投資計画とその裏返しである供給能力計画に裏付けされています。1日2直で1,104台(50秒/台)というのは、総量制約です。車両組付だけでなく、ある部品のシャフトのスプラインの1回分の加工も50秒/台に適合するように設計・設備設置されています。この能力設計の前提は、専用ラインといって、あるラインで作るモノ(車両でいえばモデル、部品でいえば品番)は生産準備で厳密に試作して決めてあるということです。この条件は、生産計画を立てる以前に、車両オーダをどう扱うか、つまり、受理するかしないか、受理しても条件を付けて返すのかの決定時点で重要な役割を果たします。言い換えれば、オーダを全部受けて、受けた後にどう作るか(生産計画です)考えるのではなくて、組付ラインだけでなく供給連鎖ライン(部品加工もユニット組付も通貫で捉えた)の供給能力制約によって車両オーダを受けるか受けないか(または受ける条件)を判断しているのです。
以上のふたつの事項を理解したうえで、やっと車両生産計画に進めます。
車両生産計画は、月度計画、週次・日次確定(または変更)計画、日々の順序計画に大別できます。ここでは、ふたつのことを確認しておきます。
ひとつは確定の概念です。「確定」は誰が誰のためにどんな意味合いで約束しているものか、によって定義が変わってきます。主体は生産管理だと考えていいですが、相手は、①OEM内部の営業部や営業企画部、②販売会社や販売店や海外ディストリビュータ、③工場の生産ライン(製造部)、④部品や原材料の仕入先、⑤物流会社(車両も部品も。船もです)があります。それぞれ、時点時点で「確定として知りたい情報」が異なります。それは時点時点で準備しておくべき項目と変更の許容幅が異なるからです。
例えば、月度計画をもとに仕入先に対して部品月度内示が示されます。仕入先は、この時点では、必要生産能力(コンベヤの速度と配置人員)情報として、日当り総量(各品番の合計)1,104台、安全を見てコンベヤ46秒、15人編成、+15%までなら残業2時間以内で可能、の結果が得られればいいのです。品番別の確定数量を厳密に特定したいわけではない、ライン総量を捉えたい、そういう意味での確定でもいい、ということになります。
ふたつめ、誤解されがちなのが、月度車両生産計画における車両です。本来この時点(大抵は前月の半ばあたりです)で立てる計画は、全ての仕様と色が指定された「最終*仕様車」で日別生産数を決めてしまうわけではありません。仮に最終仕様車を計画上に並べてみると、1ライン当たり20,000台、2,000仕様となります(もっと少ない会社もあります)。この計画より後は、週次・日次確定/変更のプロセスになりますから、この最終仕様単位計画に対して1台ずつの最終仕様注文(変更)を当てはめて計画し直すのは難渋な仕事になってしまいます。ですから、最終仕様の車両単位ではなくて、機能枠という概念を使って確定/変更をしていきます。車両の捉え方、とはそういう意味です。生産ライン上の総量は1日当り920台とか1,104台とかの枠として捉えられますし、ある車種(車名)の総量は1日当り230台、そしてここからが工夫です。型式を機能枠と定義すると、ZC33S機能枠80台、ZC83S機能枠150台となります。エンジンを機能枠とするとモデルを跨ぎますから、K12C機能枠560台、K14C機能枠180台、ただしエンジンはどのクルマにも1つずつ装着しますから合計は車両台数と同じ1,104台です。オプションになると着いたり着かなかったりしますから、クルーズコントロール機能枠560台や全方位モニタ機能枠360台、などなど。このように括りの単位を機能枠としてそれぞれに独立して設定します。つまり、「別々の」設定をしてもよいもので、それは車両やラインや仕入先の工程等の条件によって決めていくものです。さらに、各機能枠に変動許容幅+-10%まで、のように設定します。つまり、車両生産計画は、必ずしも車両最終仕様単位の計画でなくてもよい、ということです。
ただ、部品の所要量を計算して部品内示数量を算定するためには、仮置でも最終仕様計画を立てる必要があります。仮置ですから、比率で算出するというのもあり、です。
月度稼働計画を車両生産計画と並べているのは、そもそも月度計画というプロセスのアウトプットは何か?を殊更に問うているからです。一般に生産計画というものは、需要をギリギリまで引き付けることができる短サイクルがよいという言説があります。これは、生産計画を製品の数量と日程だけの計画と捉えている狭窄の結果です。
まず、本来、生産をするためには、生産ラインを動かす(稼働させる)必要があります。何日間、何時間、何人、何台を動かし、工具と切削油と電力とガスと通箱をどれだけ使う、というのが稼働計画です。広い意味では、物流のトラックを何台走らせる、輸出用の船腹を何台分予約する、受入スペースを何㎡確保する、というのも稼働計画です、これらも工程、つまり生産ラインの一部だからです。
次に、こういった稼働計画は基本的に月単位で行うもの、あるいは月単位でしかできそうもない、という事実です。毎週毎日変えていってもいいけれども、負担の大きさのわりに劇的に得られるものがあるわけではない、と経験的に分かっています。とくに雇用に関わる部分は、日本では手を付けるのが極めて難しいです。
生産数量と日程という製品生産計画と生産ラインの稼働計画はセットで成り立つもの、ということです。ですから、どちらか一方を短サイクル化しても成りたちません。月度計画には月度計画としての意味があるのです。
さて、前段の内示のことで仕入先に少し触れました。部品の取入のことを調達というのには少し抵抗感があります。調達には、仕入先選定や部品と生産ライン承認、単価決定と取引条件という要素も含まれるからです。量産になれば、これらの要素を準備することは完了していますから、基本プロセスは部品の取入です。
仕入先の生産ラインは承認された工程です。これは、自社基準に合致する品質(工程能力といいます)と生産量能力を備えているということですから、自社の内製工程がたまたま別企業体の中にある、と捉えることも可能です。内外製決定のとき、品質も量能力も同等以上でなおかつ生産性、原価、投資回収面が自社を超えている場合、外製選択をしているので、内と外は工程という点で区別する必要はありません。同じように、工程です。ただ、仕入先は同じ会社の別部門ではありませんから、取引の手続きは守らなくてはいけません。生産ライン観点では同じ、という意味です。むかし、さる方は、「調達とは生産である」つまり「生産の一類型である」と言い切っていました。
部品を取り入れるには、内示と確定注文と納入指示というステップがあります。ただ確定注文の確定の意味は、数量と日程の約束に関して曖昧です。下請法の規制に該当する仕入先への法令遵守観点で引取責任発生の根拠になるか、ならないか以外は、あまり意味はありません。実際に確定後に変更依頼していますし、確定注文という概念自体ない会社もあります。納入指示は、内製ならライン間搬送指示と読み替えることもできますから、量とタイミングの微調整指定であって注文ではありません。
いずれにせよ、自動車の生産においては、仕入先からの部品取入は工程活動の一類型と理解していいです。逆に部品取入があって生産がある、というような順序で捉えるべきではありません。
仕入先からの部品の取入計画と納入指示は、ただ単に仕入先の生産ラインで生産して必要な数量を納入することだけに着目すればいいわけではありません。部品物流が重要です。部品物流の要素は、ルートと荷量と通箱(容量と回転数)と頻度・時刻とトラック(+要員)と積載率と受入作業場と受入要員です。これらは、月度計画で準備をします。 日々の生産では、納入指示は車両順序計画と車両のライン通過実績(主に溶接開始と最終組付ラインへの吊上げ)にもとづいて計算され、時刻単位の指示として運用します。世界中のOEMがほぼJIS(Just In Sequence)/JIT(Just In Time)のしくみで実行しています。
製品出荷の物流的枠組みは、だいたい月度計画で準備します。出荷ヤードのスペース、キャリアカーの方面別台数と運転要員数、内航船の本数とスペース、輸出船腹の便数とスペースなどです。月度生産計画のあと、週次確定/変更、日次変更があり、かつ、生産進度の揺れがありますから、月度計画の枠内で調整をする、ということになります。一番細かい調整は顧客実注文にもとづく配送実行調整です。
ここまで、車両に目線をおいて説明してきましたが、自動車では補給部品(サービスパーツ)とKD(Knock Down)部品も重要です。
補給部品は車両の量産立上りと同時に生産、配送を開始します。納車のその日にぶつけて交換部品が必要になる残念な例も後を絶たないのです。補給部品の生産は大部分が仕入先で行われます。OEMでは車体プレス品や樹脂成形塗装品(バンパ)、エンジン、トランスミッションを内製補給部品として生産しますが、それらの部品もまた仕入先での生産です。補給部品のSCMは、需要予測と即納在庫管理と仕入先の生産計画から成り立ちます。即納在庫管理というのは、販売店に在庫がある、補給部品センタに在庫があって、サービス実施時に補給部品が使える状態を維持していることを言います。需要自体は車両の需要とは全く違った動きをしますから、独特の需要予測を行うし、車両へライン装着する部品では在庫計画はほぼありませんが、補給部品では前方展開(販売店在庫)、後方維持(部品センタ在庫)両方の観点から在庫運用計画が重要です。一方仕入先の生産は、基本的に量産の生産ラインで混流で行うので、繰返しで納期が実質的にない量産部品と納期のある補給部品の混合生産計画を立てる必要があります。補給部品も平準化されていれば実質的に納期がなくなるのですが、なかなかそうはいかない実態があります。
KDは海外生産車両用の部品供給のことです。KDと言っても、車両1台分のセット(キットとも言います)の形態と部品単品輸出(PxP、パーツバイパーツ)の形態の2つに大きく分かれます。少し詳しく言うと、出荷形態とオーダ形態と梱包方式の3次元組合せでパターンバリエーションがあります。出荷形態とオーダ形態は分けて捉える必要があります。つまり実態は、相手国や物流条件が異なるだけに非常に複雑になる、ということです。KD出荷計画では、まず月度で配船・船積計画と梱包能力計画のふたつの大枠を押さえます。日次の計画ではコンテナの量計画と梱包やヴァニングの順序計画の2層に分ける手法を採ります。一般的には、まず積載効率の最適化、つまり量計画を想像しますが、同時に重要なのが、梱包作業の平準化のための順序計画であり、さらに、海外現地でのコンテナからの引き出し順を現地車両順序と同期させるための積込順序計画です。
以上が自動車生産・SCMの概要俯瞰です。極めて壮大な領域とそれに対応するプロセス、仕掛けが必要なことが読み取れたと思います。
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